環境開発工業株式会社 Create the Future

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コラム

【寄稿】あたりまえの所作のなかにあるもの(前編)

     

undergraffiti.株式会社 代表取締役 CEO 古山恵理

環境開発工業50周年に寄せてー

去年の秋、私はお茶の水にある富士興産の本社で、当時の富士興産グループ各社の皆さんと一緒に机を囲んでいた。2025年10月に立ち上がるグループ全体の持株会社、富士ユナイトホールディングス。その新しい器の「見せ方」を、一緒に考える仕事。 私はCI、コーポレートアイデンティティをかたちにする役割で、その場に呼ばれていた。
不思議な場面だった。 2022年に富士興産に株式を取得され、いわば「買われた側」のはずの環境開発工業の役員のみなさんが、グループ全体の哲学を決める場で活発に議論に参加している。 グループ会社側の方々も、その姿勢を懐の深さで受け止めていた。 ただ私は、そこで起きていることの本当の意味を、その日はまだ理解していなかった。

環境開発工業が譲らなかったのは、 「自分たちの哲学を、正しく伝えること」。 売上や事業領域の話以前に、何度もこの言葉が場に置かれていた。そしてそれにこたえるように、グループ会社のみなさんからもアイディアが湧き出してくる。私はそれを、図形と文章に翻訳する役割で同行させてもらっていただけだ。 グループのCIに込めたモチーフも、ビジョンを支える言葉も、皆さんが口にした感覚を、整理して渡しただけ。いってしまえば、私はただ連れて行ってもらっただけだった。
環境開発工業とはつくづく不思議な会社で、グループインから3年以上が経っていたあいだ、彼らの哲学が薄れたわけでも、上書きされたわけでもなかった。 むしろ少しずつ_グループ会社側にも、その空気が染み入っていったように、私には見えた。 「変わる明日を、しなやかに支える」というホールディングスのビジョンの背後にも、そういう静かな影響関係が流れていた。
そういえば、と私はその場で思い出していた。

まだホールディングスの話などまったく出ていなかった頃。 
環境開発工業のパンフレットを作っていたある打ち合わせのなかで、その言葉は生まれた。
『全てのものに、価値がある。』
これは私が考えたフレーズではない。 会話のなかで、自然に出てきた一文だった。 私はそれを「いい言葉だな」と思って、ただ書き留めた。 当時はそれを、リサイクル業を営む会社らしい、優しく詩的なメッセージとして受け取っていた。 資源にも、現場の知恵にも、それぞれに価値がある。そういう意味なんだなと素直に記述した。
けれどお茶の水でホールディングスの議論を聴きながら、私はその受け取り方の浅さに気づくことになる。
環境開発工業が「全て」と言うとき、その射程は驚くほど広い。

 扱う膨大な品目数の廃棄物はもちろんのこと、 そこで働く人、長年使い続けてきた設備、培われてきたノウハウと地域や自然との関係。 そして、財務資本も、非財務資本も。 彼らが「全て」というとき、あらゆる資本が、すでにその一語のなかに含まれていた。

これは詩ではなく、経営の語彙だった。

そう気づいた瞬間、私の仕事──情報開示、コーポレートコミュニケーション、企業の価値をステークホルダーに翻訳する仕事──と、環境開発工業の哲学が地続きであることに、ようやく合点がいった。 私が翻訳しようとしてきたものを、皆さんはすでにずっと前から、日常の所作のなかで扱っていた。 ただそれを言葉にすることに、少し不器用だっただけだった。
そしてその哲学は今、社会や業界の枠を超えて、思いがけない場所にまで広がり始めている。
その「広がり」の話は、後編で書きたい。

(後編は5月7日公開へ)