環境開発工業株式会社 Create the Future

お知らせ

コラム

若気の至り

業務部 業務1課 係長  川上 憂人

「若気の至り」― 辞書にはこう記している。
・・・年が若くて血気にはやったために無分別な行いをしてしまうこと。

なるほど・・・今から遡ること21年前
高校を卒業し、運送業に助手として働き始めた。しかし、なんだかダラダラと時は過ぎ、全然楽しくない。ただ、働かないといけないという世間体から来る後ろめたさなのか、強迫観念?遊ぶ金が欲しいのか?「働く」ということにガキの俺は何も考えずに毎日を過ごし、しかもたった3か月でその会社を辞めた。その時は実家に住んでいたということもあり、がっつりと親の脛をかじり定職に就かず早3か月‥いよいよ親父から激り飛ばされた。

そんな時、あるチラシが目に入る。そこには「解体」の仕事を募集しているという求人だった。解体なら物を壊すことでストレスも解消され、血気盛んな俺ならできるであろうと軽い気持ちでその募集をしている会社に面接を申し込んだ。それが環境開発工業だ。
即座に友人と一緒に面接を申し込み、数日後、合格する気満々で面接当日を迎えた。友人はスウェット、俺はきっちりとスーツとネクタイに身を包み、面接に挑んだ。

・・・アフロヘアで。もう一度言うアフロヘアでだ。しかも茶髪のアフロヘアだ。

葉加瀬太郎や具志堅用高の比較にもならないほどの頭の大きさを引っ提げ、首から下は真面目なサラリーマン。         
どう考えても「はぁ?」と言われるほどミスマッチな風貌かつ、今考えると面接に挑むビジュアルではない。一緒に面接に挑んだ友人に対し、「スウェット着て面接になんか合格するはずがない、どっちかが合格しても恨みっこなしな」と自分のヘアスタイルのことはしっかり棚に置き、いや空の彼方にぶっ飛ばして面接に挑んだ。自分で言うのもなんだが、愛想はいいほうだと思う。
俺のキラースマイルで面接官はイチコロなはず。そんな若さゆえの自信で俺はこの面接を突破し、後日採用という知らせを受け、無事に入社した。(ちなみにスウェットの友人は不合格だった。)

履歴書の写真

しかし、入社して驚く。俺は最大の勘違いをしていた。解体の仕事とは物を壊す=家屋や建物などを解体すると思い込んでいたのだ。だが、ここでいう解体とはOA機器や複合機等の機器を解体して素材ごとに分別してリサイクルする仕事だったのだ。「マジで?」とは思ったがもう遅い。とりあえず、やってみて面白くなかったらまた次を探せばいい。しかも採用は正社員ではなく、パートだ。いつ正社員になれるかもわからないと言われていたため、腰かけのつもりで働こうと思った。しかも俺の自慢のアフロヘアを「髪を何とかしろ」「せめて小さくしてこい」「違うヘアスタイルのほうがイケメンになるよ」と貶しているのか、褒めているのか、社内の人間は俺のアフロヘア撲滅キャンペーンに必死だ。だったら採用しなきゃいいのにとも思ったが、俺に魅了され離したくないんだなと、ここでも若さゆえから来る根拠のない自信で時は過ぎ、18歳だった俺は今年で40歳を迎える。(当然、今はアフロヘアではない。)

なんでこんなに続いているのか・・・自分でも不思議であるが思い返せばこんなことだろう。

勘違いの解体業務に従事しながらも思いのほか仕事は楽しく、そして人間関係にも恵まれた。周りは俺より全員年上だったけれど、弟のようにみんな可愛がってくれた。ま、俺が愛想がよく可愛いから当然なんだが(笑)

そして数年後、収集運搬業務をやってみないかと打診された。その当時俺は大型免許を持っていなければ、運転はやんちゃ盛りだ。でも運転する業務に興味がなかったわけではない。せっかくなんでやってみようかなと大型免許を取りに行った。そこから当社が取り扱うあらゆる廃棄物を回収することになるのだ。廃棄物と言っても回収する荷姿や性状によって運搬する車輛や手法はすべて異なり、当然取り扱う際の資格も異なるため若さでは乗り越えられないこともある。それでもこの時家庭を持った俺には辞める選択肢はなかった。踏ん張って乗り越えなければ死活問題だ。

入社して21年。いつしか仕事の向き合い方は、若いころのチャラい考え方から家族を養い生計を立てることに変化していた。
あのアフロヘアをしていたころを見ていた人たちは今の俺を想像出来ただろうか。
(ちなみに現:総務部次長の安武も入社当時はさほど俺と変わらない。詳しくは以下コラムを参照)
金髪を隠して面接に登場した青年の話
そしてあの時面接した、後の上司は何故俺を採用したのだろう。後日聞いた話によると、「あのアフロはさすがにヤバいだろう」と周りから採用について物申されたらしい。(そりゃそうだろう。)しかし、その上司は「絶対大丈夫」と断言してくれたらしい。(うーん、見る目あるじゃないか(笑)

きっと誰しも若気の至りや黒歴史は多かれ少なかれあるはずだ。
周りは今もあの頃の俺のアフロを思い出して爆笑している。
そう、俺のあの時の姿は、未来の今を予測し、爆笑を搔っ攫うためのネタだったのだ。特にうちの会社の人間はネタの宝庫、持ちネタがないと生き残れないと思い、第一印象でネタをぶち込んだまでなのだ。そうじゃないと会社の守り神と言われる俺の上司のキャラクターには勝てないからだ。
総じて、若気の至りとネタだったと振り返れるのは、うちの会社はあらゆる意味で居心地がいいのだと思う。そうじゃないと俺はここにはいないし、違う人生を歩んでいただろう。

定年まであと25年。

その頃、俺のアフロヘアネタで笑う人は会社には残っていない。だから、こんな入社の仕方でも定年まで働ける会社なんだと、このコラムを通じて後世に残すのだ。